同期の皆さん、こんにちは!3Hの伊勢谷弘昭です。(1G->2A->3H)
60歳の定年退職を機に、神奈川県茅ヶ崎から両親のいる秋田へ帰ってきました。
再雇用するか、秋田へ帰るか迷いました。最寄りの辻堂駅が100周年ということで、東海道線の発着メロディが「浜辺の歌」に変わり、作曲者が秋田出身成田為三であることを知りました。東海道線発車時に流れるのを毎日聞いているうちに、「あっこれは!」と秋田に帰ろうと思いました。
仕事は光学機器メーカーに勤務し、半導体製造装置関連の測定器の設計開発とデジタルカメラの品質保証が主なものでした。
光を応用した産業機器と民生機器の世界を体験してまいりました。
測定器では仕様に基づいて電子回路とソフトの設計を担当しました。そして、デジタルカメラに関する品質保証を退職時まで十数年関わりました。外注先との品質確認、信頼性試験における不具合対応やそれに基づく品質基準の作成など、最終的に製品として世に出してよいかどうかの判断がいつも求められました。外注先が海外の場合は、監査の名目と品質検証ということで中国や東南アジアを飛び回っていました。
振り返ってみれば、製品が完成するまで関係者と協力しながら結果を思わず取り組んでいる時の感覚がたまらない。よくよく考えてみると、秋高時代に物理部に所属し、文化祭に向けいろいろな企画を考えそれを実行したときが、自分の原点にあるように思えます。
物理部は東側の一番奥にある物理室が居室、あまり人が来ない部屋であったせいか落ち着く場所だった。普段は物理室の中で部員と雑談し、そのあいまに校舎の裏でバトミントンやキャッチボールをしていた。文化祭に向けては夏ごろから何を展示するか企画に入ります。その当時、超常現象に関して心が物理法則に影響するのかについて興味をもっていたのでそれについてやりました。1年2年の部員は、それぞれいろんなスキルを持っているので、いざ目標が決まると準備するのが早かった、文化祭近くになると夜遅くまで残って準備した思い出があります。その時、電子回路を入れた装置や写真現像関連などあっと言う間に具体的準備が進み、思い通りの公開実験ができて、本当に夢中になれた時間を過ごしたなと思い出します。そんなこともあり、大学で本格的にそれを研究しているサイ科学学会(超常現象専門学会:旧名日本PS学会)を紹介していただき、内容について触れましたが、3年生の時に物理法則に精神作用が入ると、科学的に証明できないことが非常に多く、こういう分野続けていっても暮らしていけない、無理と判断し普通のサラリーマンになりました。今思えば、この決断が早くてよかったと思っております。

退職後、令和元年の大きな節目を迎え、伊勢神宮の内宮へ参拝してきました。
その時、内宮の休み所で伊勢神宮の年中行事のビデオが上映されておりました。その中に、米や野菜などに化学肥料を一切使わない、古から続く農業の方法で育成し、更に山の恵み、海の恵み、雨が降ること、太陽の日照などの自然の循環に感謝する姿が描き出されていました。その中の循環という言葉が、スッと胸に落ちてきました。人間が欲望のままに地球の資源を使い放題、そこから発生したごみは捨て放題、これでは循環がうまくいくはずがない。石油など地球資源を使い放題使い、グルメの食文化、娯楽など物中心に偏ってきた生活は本来の循環から外れているように思えます。正しい循環を私個人ができることと言えば、資源を無駄に浪費しないこと、必要以外に欲張らないこと、自然に手に入るもので満足し、感謝すること。これからの老後の生き方に生かしていきたい。
秋田に帰って、最初に料理教室に通って、野菜料理と魚料理を習い始め おかげで野菜のことや秋田の地魚について詳しくなりました。体を維持する為にジムでトレーニングをしています。今度は、おいしい野菜を育ててみようと、少しばかりの家庭菜園ですが有機肥料で夏野菜のトマトと茄子と胡瓜、パプリカ等を育てました。そして収穫したものを使い酒のつまみをつくり、とてもおいしく食しています。実に味わい深いものです。それから資源の節約の為、車はできるだけ使わず自転車で市内を走りまわっています。
両親と暮らす何気ない日常ですが、それはそれでいいと思えるこの頃です。
次回の同期会で皆さんとお会いすることを楽しみにしております。

伊勢谷弘昭写真