私は今、東京_六本木で働いています。夜の稼業ではありません。
風力発電所の企画・開発をしております。
UNIVERGYというスペイン資本50%、日本資本50%という会社に勤務しております。
六本木の町は、昼と夜の顔が全く違い、歩いている人の半数が外国人 警備の警官が必ず立っている町です。ファッションも個性的、車もいろいろ走っていて歩くだけで楽しい町です。
六本木には秋田高校東京同窓会幹事の鎌田さんの会社があり路上で何度かお会いする事がありました。

大学で電子工学を学んだ後、JT(旧専売公社)に入社したばこ製造機械の設計開発等の仕事をしておりました。
その機械は、1分間に8000本ものたばこを生産ししかもその重さはmg単位で管理し、針で突いた様な孔(不良品)も検出し排除するものでした。当時の生産機械の技術レベルとしては、かなり高いものだったと思います。その後、民営化に伴い新規事業第一弾として自動販売機事業を立ち上げ、番頭さん(自販機データを店内に無線で吸い上げる装置、今の携帯電話の様なもの)を約30年前に製品化し大ヒット商品となり社長表彰を頂きました。JTは48歳で退職しました。大規模な希望退職が募集された事、当時子供が4歳であり長く働く為には外に出た方が良いとの判断でした。
その後、約10社で働き現在に至っています。一時はあのアマゾンJAPANでエンジニアとして勤務した事もありました。JT時代の同期に森永卓郎経済アナリストがいて、今も交流があります。
自分は仕事だけでなく、プライベートでも多くの友人に恵まれ 月1回 集まり情報交換勉強会飲み会で楽しい時間を過ごしています。その会は、先日30周年を迎え 落語家の桂歌助さんをお呼びし神田で盛大なパーティを開催致しました。
その他の趣味としては、マラソン(マイペースです、10月に東京夢舞マラソンにエントリーしました。)テニスは年二回 秩父で合宿しています。(飲み会目的)後 FACEBOOKでの交流を楽しんでいます。島さんからも時々“いいね”を頂いています。「秋田関係ビールの会」というFACEBOOKの会がありOFF会が楽しいです。
最近の健康診断では“アルコール注意報”が発令されました。上手に付き合って行きたいと思っています。

風力発電の企画・開発はJTをやめた時からチャンスがあればチャレンジしたいと思っていました。
5年程前、ベンチャーの会社が電気エンジニアを募集していて運よく採用となり、垂直型の風車の開発を行い北海道 羽幌(高級甘エビで有名)で実証実験を行い真冬の北海道で風車の建設、調査を行った事は良い思い出になっています。その後太陽光発電所を福島県いわき市に建設し、複数の太陽光発電所の企画を行いました。風力発電所については、小型風力(20KW未満)だけで無く大型洋上風力発電所(100MW以上)の企画も行っています。秋田県は今回、大型洋上風力案件が能代沖、由利本荘沖の2か所が国の促進地域に選定された事は大変素晴らしい事だと思います。事業が順調に立ち上がる事を祈念致します。
私の携わっている案件はこれから徐々に進んで行くと期待しております。
私は元々、弱電系やソフトウエアのエンジニアでしたので、風力発電の様な高圧の電気を扱う為には新たな知識が必要となり、新たなその分野の国家資格取得にもチャレンジしております。(ボケ防止も?)国は再生可能エネルギーを重要な電源と表現して2030年には、再生可能エネルギーの比率を22~24%とする目標を掲げています。しかし実際現場では、国の担当者の対応は年々細かく厳しくなり、本気で普及させる気があるのか甚だ疑問に思う事が多々あります。小型風力発電(20KW未満)では、突然その部門に対する条件が厳しくなり撤退する会社が多くなり、雇用に対しては決して良い影響は与えていないと思われます。
小型風力に関しては、監督官庁の本省課長と認可の条件について協議を行いました。かなりエネルギーを使う交渉でした。
日本では原発優先でエネルギーを賄おうとしていますが、日本以外の国は基本再エネを第一に考えて計画しています。
デンマーク等では条件によっては100%再エネで賄われる時もあると聞いております。良く再エネは不安定な電源であると報道されておりますがヨーロッパでは国を超えた送電網が完備しており蓄電池等用いずに再エネを十分用いてしかも十分安定した電力が供給されているとの事です。日本では全国に10も電力会社があり、互いに電力を融通しあうのは中々難しそうです。再エネの分野で日本だけが遅れを取る事にならない事を祈るのみですが、現実は日立製作所も自前の風車製造を中止したり、特に洋上風力分野では国の規制が厳しく参入が難しい状況です。資源の無い日本にとって再エネは費用の発生しない自然の燃料ですので、非常にありがたい話かと思います。

秋田の方は、母を今年 5月に埼玉へ連れてきたので、実家はありますが縁が少し薄くなった所ではあります。本年6月30日には大人の休日倶楽部利用で三吉神社のお祓いの儀式に参加し秋田魁新報の記者の取材を受けましたが記事にはなりませんでした。魁の電子版の写真に足だけ写っていました。
高校の時の事は、大雪の中 自転車で通学した事、一時 北高の前に下宿した事、屋根の無い渡り廊下があった事、制服が無く自由だった事、ユニークな先生が多かった事・・・等等思い出されました。
今回この様な機会を得て自らを振り返る事ができました。20年程前に、50年卒メーリングリストの会があって一時期参加しておりましたが、話題が続かず途中で脱会する事になりました。その会がこのホームページに繋がっているのでしょうか?
今回初めてこのページを読まさせて頂きましたが、各方面で活躍されている方の投稿を目にする事ができ大変うれしかったです。
2020年の同期会にも参加したく考えております。その時に皆様の近況を伺える事を楽しみにしております。
hirano