3Fだった松山(旧姓鎌田)緑です。

私は大学で食糧化学を学び、明治乳業の研究所に入りましたが出産を機に退職し、その後はほぼ専業主婦をしています。

主人は鹿児島出身なので、結婚前の両家の顔合わせの際には、それぞれの方言のためお互いの両親の会話があまりうまく噛み合わなかったように思います。また初めて鹿児島を訪れた時は、醤油の味に一苦労。これで刺身を食べなければいけないのかしら…と暗い気持ちになったり、結婚披露宴の席のとっくりに芋焼酎が入っていた時は、ただただビックリ!日本の広さを感じました。
それでも年月を経ると、その良さ、味わいに気づかされますね。

以前母から「くされたまぐら」という秋田弁を聞いたことがあります。本来の意味とはちょっと違うかもしれませんが母が言うには「なんさでも首つっこんで、なんもでぎでないごど」の意味のようです。
母は自身の人生を振り返って言ったようですが、まさに私もそんな感じの日々を過ごしてきたと思います。しかし最近では、色々あちこちに首をつっこむ気力さえもなくなってきたようで、いけませんね。

今年は家に残っていた娘も結婚して家を離れ夫婦二人の生活になったので、いい機会と思い家の建て替えをしました。
小さい家になるので昨年末からかなりの物を処分しなければいけませんでした。
子供達の作品、書籍、一時期はまった韓流グッズ…
写真は楽しいことも思い出させてくれますが、みんなが腹を抱えて笑えるくらい恥ずかしいものもあって取捨選択に大いに迷いました。
しかし、新居に引っ越して三ヶ月、あれほど色々捨てたはずなのに、いまだに大量の段ボールに囲まれて暮らしています。
どういうことでしょう見通しの甘さに自己嫌悪の毎日です。

この12月、秋田に帰省する用事があり何十年かぶりで冬の秋田へ。大体秋田に帰省するのは子供達の春休み、ゴールデンウィーク、夏休みでしたから雪の秋田は、本当に久しぶりで懐かしさいっぱいでした。
ただ、曇り空ばかりだったのは、やはり気持ちが少し重くなるように思いました。

私の実家は秋田高校のすぐ近くにあり、当時はNHKの朝ドラを見てから、けもの道と呼ばれる崖を登って登校していました。
近所にお住まいの先生と一緒になることもありましたから何とかホームルームには間に合っていたように思いますが都合のいいように記憶を上書きしているだけかもしれません。
今は、けもの道は無いように思いますが、どうなのでしょうか…

雪が舞うなか、秋田高校に散策に行ってみました。
坂の下にある合宿所を見ては、サッカー部の合宿で私が調理に参加した時、部員の方がお腹をこわしたことがあったことを思い出しました。
その節ご迷惑をおかけした皆様、申し訳ありません。

図々しく部室の辺りまで行かせてもらい、記念に写真を撮ってきたりもしました。

ちょうど試験期間中なのか早い時間に生徒さんが、うぐいす坂を降りて来ましたが、試験準備のためか背中の荷物がとても重そうで、大変ですね。

卒業生として後輩の皆さんには何も貢献できていませんが応援の気持ちはいっぱいです。

そしてこのエッセイをきっかけに去年の同窓会で皆様から受けた刺激を思い出し、ぼんやりした日々から脱却し、また何か新しく熱中できるものを見つけ過ごしていきたいと思います。

同窓生の皆様も、健康に留意して、ますますご活躍されることを、お祈りしています。

 

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