リレーエッセイ

田近吉彦 元3Eの田近です。 リレーエッセイを執筆いただきありがとうございました。 私は在学時、校歌の内容については特に気にもかけず、ぼーっと歌っていましたが、一吉君の解説によりこんなにも深い意味があったのかと今更ながら感心しました。 校歌は、なかなか格調高く内容の濃い歌詞だったんですね。 私達が入学した直後、応援団の先輩方が各教室に来て校歌の練習があり、五番まである長い歌詞のため私はなかなか覚えられず、歌詞の順番を間違ってしまうことが何回もありました。 このため、「天上はるかに、高きと長きと、篤胤信淵、金鉄つらぬく、あゝ友」と、歌い出しの部分を覚えるようにしていた記憶があります。 不思議なもので歌い出しを覚えると、そのあとの歌詞がすらすらと出てくるようになりました。 今思えば一吉君が書いているとおり、歌詞が洗練されていて一連の漢詩のように流れていく内容であったためと思われます。 S50年卒同期会は、コロナのせいで昨年に続き今年も中止となり、来年に延期になってしまいましたが、来年こそは皆で秋高の校歌を大合唱し美味しいお酒を味わいたいものです。 ご両親の介護で大変と思いますが、それまでお互いに体をいたわり元気に過ごしましょう。 追伸 現国の小出先生のこと、私もその時のことはよく覚えています。確か2人組でウクレレを持って歌っていたような…。
三浦 修 田近さん、榎さん ご無沙汰しております。 拙い小生の近況報告に対して、とても懐かしみのあるコメントをして頂きありがとうございます。 これまでの65年間を振り返ってみると、何と言っても秋田高校の3年間は最高でした。秋田を離れて43年経ちますが、改めてそう感じております。AKS50を始めとして適宜行われる同窓会等、ずっと秋高感覚を維持できているのは、種々イベントを企画・実行してくださる幹事の皆様のおかげと感謝しております。高校野球の甲子園大会の時期には、茨城県代表校とともに秋田県代表校を応援している自分がいます。 コロナ過により動けない時期が続いておりますが、いずれ必ず落ち着きますので、その際にはお会いして一献傾けたいものです。再開の時まで、お互いに健康に留意して元気に過ごしましょう。
榎昌範 修、元気そうで何より。42年間お疲れ様でした。御岩神社は、常陸太田市にあるのか。秋田市と姉妹都市になっているところだね。いつか筑波山登山とセットで行ってみたいものだ。修が単身赴任中、自分が東京で研修中、滝田や川村と飲み会に行ったときのことがなつかしい。
田近吉彦 3Eの田近です、リレーエッセイの執筆ありがとうございました。 3月末で退職されたとのこと、大変お疲れさまでした。お互い会社生活40年以上もやってたんですよね。40年は長いですが過ぎてしまえばあっという間でしたね。 私と三浦君との出会いは3Eで同じクラスとなった時で、それまで三浦君とは面識がなかったと記憶しています。話下手の私は、三浦君とはとても話しやすく、居心地のいい付き合いをさせていただきました。 今でもよく思い出すのは、社会人になって、三浦君の結婚式に出席するため仙台から初めて常磐線に乗った時、ご健在だったご両親や親戚の方々と同じ車両で往復し、とても楽しく過ごさせていただいたこと。 また、三浦君がお盆に帰省した時に、竿灯大通りにあったファミレスでお互い夫婦子供連れで何回か会ったことなどです。 エッセイの中の「3つの恩返し」、興味深く読ませていただきました。私の人生も残り少なくなってきましたので、幾つできるかわかりませんが「恩返し」を真剣に考えてみようと思います。 昨年のお盆に三浦君から連絡をいただいたのに、私の都合で会うことができませんでしたので、今年の同期会では楽しく飲みたいものです。それまでコロナにかからないようお互い元気で過ごしましょう。
村上永展 2F.3Dそして野球部の村上です 石塚弘子さんにご迷惑をかけ 間接的に田澤さんにも ご迷惑をかけたような… 懐かしく拝見させていただきました,,。 」
中村順子 田澤氏、お久しぶりです。 リレーエッセイありがとうございます。 時々ヅッカやエッちゃん、山添さんたちとランチしてますよ。来年はお会いしたいですね。
榊  勉 写真送れないみたいですね、諦めます
佐々木 雅伸 安藤君、お久しぶりです。コメントありがとうございます。 今思い起こすと、高校時代や東京での大学時代は思い出がいっぱいで、本当に良き時代だったと改めて感じます。近いうちにおいしいお酒を一緒に飲みましょう! ちなみに秋田のお酒の他、焼酎、ワイン、ウィスキー、すべて大好物です(笑)
3G 安藤です。 雅伸さん、お久しぶりです。なかなかに健康的な趣味を実践していて、無芸大食の私としては、うらやましい限りです。でも秋田のお酒の方は付き合えますので、そのうちに秋田駅前ででもやりますか。
外山康二 平野さん コメントありがとうございます。動けるうちはどんどん動いたら良いと思います。コロナで中国渡航が遮断されているので動きたくても動けないので、仕方なくパソコンで仕事している状態です。これが新しい働く形ということなのでしょうが、やはり現場で仕事をしているのが一番かと思います。中国は河南省の駐馬店市という地方政府のお手伝いをさせていただいていますが、進捗が遅く痒いところに手が届かないのでじれったい思いをしています。ここは白胡麻の産地で、余り聞いたことがないかもしれませんが、毎年白胡麻の世界大会が開催される場所で日本の大手胡麻油メーカーの合弁会社があります。河南省の人口は1億人おり駐馬店市も1000万人近い人口の多い街です。しかしながらm、秋田を思わせるような農地が広がっている場所で、農民は明るい表情をしているとてものんびりとした街です。朝食に出てくるただ茹でただけの野菜が自分が小さいころに食べていた野菜本来の味のある最高の場所です。中国の地方都市も農民の老齢化が進んでおり、スマート農業の導入による科学的なアプローチが必要とされておりお手伝いをしている次第です。
平野 春夫 外山君 エッセイ寄稿ありがとうございます。中国との関わりや食料関係のお仕事の事が分かりとてもうれしく思っております。外山君とは同じ中学出身でしたがあまりお話する機会は無かった様な気がします。卒業後一度、同窓会でお話した時がありその時はあまり昔と変わっていないと思いました。今はどうでしょうか?私も血圧、尿酸など薬、毎週のリハビリは欠かさない様にしています。  今、コロナの影響でPCに向かって自分を見直す時間ができたとの事、うらやましく思っております。私は在宅勤務が多いのですが、他に社団法人の理事も引き受けたので昨日は暑い中、役所周りをしていました。年齢を考えるとそろそろ落ち着く必要性は感じています。来年の同期会又は別の機会に是非お会いしてお話できれば、と期待しております。コロナ+暑さですが、健康に留意して過ごしましょう!ではその時に再見。
外山康二 安藤さんご無沙汰しております。コメントいただきありがとうございます。八戸にご連絡をいただいたかは僕もちょっと記憶にありませんでしたが、このWEBサイトで安藤さんのリレーエッセイを拝見しお元気だと知りうれしく思いました。3Gは安藤さんの他岡さんのエッセイがありましたが、次の方を誰にするか困っております。コロナが早期に収束し来年お目にかかれることを楽しみにしております。
伊勢谷弘昭 順子さん、コメントありがとうございます。もう都会には戻れませんとは、まったく同感です。高齢化社会の為に、力を尽くしてください。同期会でお会いしましょう!
中村順子 高清水中同期の中村です。 秋田にお戻りだったんですね。私も14年前から再びの秋田暮らし、もう都会には戻れません。 まだスローライフには遠い毎日ですが、そのうち少しはのんびりしたいと願っています。 同窓会でお会いしましょう!
伊勢谷弘昭 コメントありがとうございます。42年間都会暮らししてきましたが、秋田に帰って改めて自然に恵まれている生活は素晴らしいと思います。健康に気をつけること、新たな人生目標の設定、いいですね! 私もそれを想い一日一日大切に過ごしていきたいです。
3G 安藤です。 岡君 お帰りなさい。単身赴任でもうれしいです。 2年前の同期会以来会っていませんが、元気そうで何よりです。 3Gの時、教壇の最前列で佐々木雅伸君と座っていた光景が懐かしいです。1回も席替えをしていなかったので、割と定位置で覚えています。 私のほうは、還暦同期会の後に心筋梗塞になりかけステント2箇所挿入。もう大丈夫と思っていたら、今年の1月にもう1箇所挿入しました。長年の不摂生で自業自得ではありますが、もう晩酌はしていません。 でもお酒は飲んでも大丈夫ですので、そのうち飲みましょう。コロナに注意して(笑)
平野春夫 外山君 コメントありがとうございます。 ずいぶんご無沙汰しておりますが、お元気そうで何よりです。 今は東京で落ち着いて暮らしているとの事、何よりです。 中国の農村地域へスマート農業の紹介をしている事は素晴らしいですね。 中国は都市部と農村部の格差がとても凄いらしいので、きっと現地の方の 為になっている事と思います。 手形の牛丼店は実家のそばだったので、たまに利用していました。私も昨年、母をさいたまに呼んだので、ちょっとご無沙汰です。 上海におられたのですね、私は「上海致遠(Shanghai Ghrepower Green Energy Co.,Ltd.)」と風力ビジネスを一緒に進めています。 日本国内はさまざまな条件をクリヤーする必要があるので大変です。 私のビジネスがもっとビッグになったら外山君の力を借りたくなるかも知れません。 私は在宅勤務が徐々に解消されて、週3日出勤という状態です。 上海での仕事、生活の様子とか、是非お伺いしたいです。よろしかったらこのリレーエッセイに投稿頂くと大変うれしいです。また私もさいたま在住ですが、どこかでお会い出来ればと期待しております。来年の同窓会などでお会いできれば最高ですね。それまでコロナに負けずに元気に過ごしましょう!
外山康二 平野君 お元気ですか?外山です。 2016年に商社を定年退職して関西のとある企業の上海現地法人で2年間お世話になり会社勤めは昨年卒業しました。 今は東京の自宅でSTAY HOMEしながら中国企業の友人のお手伝いでリモートで中国の農村地域にスマート農業の紹介をしたりしています。 秋高関係では大学時代に教職課程で秋高にお世話になったり、商社の仕事で97年ごろに大手牛丼チェーンの秋田一号店開店(手形)に関わったりしただけで大分ご無沙汰しています。 2000年以降21世紀はずっと上海に駐在しておりましたので漸く東京で落ち着いた生活ができ始めたところです。 平野さんが取り組んでおられる風力発電のお仕事面白そうですね。中国は風力発電機が数多く再生可能エネルギー資源として有力な分野ですが日本はいろんな制度的な障害があるのですね、 いつまでもお元気で、いつか同窓会などでお会いする機会があればと思っています。
平野 春夫 塚田君 コメントありがとう! そうテニスやっていました。今も年2回位やっていますが 必ずどこか怪我します。年齢相応にプレーしないとですね。 気持ちはボールに向かっていますが、体がついて行きません。 大学のサークルの仲間とは、今でも年1~2回会っています。 無理せずスポーツは長く続けたいですね。 2020同期会楽しみにしています。
船木紀生 宮田さん、中学校、高校でたびたび同級生になった船木紀生です。 近いうちに、高校時代の生徒手帳に掲載されていたの校歌が「海へと」だったのか「海にと」だったのか・・・・いずれにしても新入生への応援団員による校歌・応援歌練習の際に応援団員から「へ」→「に 」 or 「に」→「へ」の生徒手帳へ訂正書き込みを指示されていたのは皆さんご承知のとおりです。 そこで本棚の片隅においてある生徒手帳で「に」or「へ」のいずれが印刷されていた歌詞だったのか確認してみることにしようと思いました。まずはお元気そうで何より!
佐々木章 それから宮田君ご指摘の 2020年東京五輪記念同期会参加申し込みフォームは 管理人渡邊桃伯子さんに更新してもらいましたので 参加申し込みが出来るようになりました。 ご心配をおかけして申し訳ありません。 沢山の皆さんの申し込みをお待ちしております。 よろしくお願い致します。
佐々木章 宮田君、榎君、秀晴君書き込みありがとうございました。 念のため、 現役の秋高生に聞いたところ、秀晴君ご指摘の通り 校歌は「海へと」と歌っているそうです。 生徒手帳などには、「にと」となっていますが、 「へと」に変えて歌うように言われたとのことでした。
田近吉彦  鵜沼さんへ、同じ3Eだった田近です。リレーエッセイを執筆していただきありがとうございました。  鵜沼さんの写真を拝見するに、ウエアも決まっていて経験豊富な「山ガール」そのもの、元気に活躍されているのですね。  私は学生時代に体育の授業で富士山に登ったことがありますが、台風が接近し、濃いガスのためご来光も下界も見られず、登頂後直ぐに下山せざるを得なかった残念な思い出があります。  65歳までには富士登山のリベンジをしたいと考え、現在はウエアや道具を揃えようといろいろ物色中です。登る力はまだまだペーペーですが、頑張りたいと思います。  最後に、HPをご覧のE組の皆さん、鵜沼さんはE組の3人目の執筆者です。リレーエッセイの執筆よろしくお願いいたします!!
榎 昌範 なーんと!書類に取り囲まれながらパソコンに向かっているのは、義美くんではありませんか。エッセイに書かれていることが本当だとわかりました。確か高校の3年次はトランプに明け暮れたような気がします。また8月11日に会いましょう!
島礼 あれ、返信してなかった。 「またお会いするのを楽しみにしています。」と書いてあったので、昨年の春、奈良に行ったとき昌子さんの医院に突然押しかけようかな、と思ったのですが、急に恥ずかしくなってやめました。でも、春の奈良はのどかでいいですね。梅も桜もきれい。田舎の駅の感じがとても好きです。足腰の立つあいだに、絶対吉野に行きたいです。その時、突然押し掛けます。その時はどうかよろしく。
阪口昌子 島君の激動の研究人生を初めて知りました。私は研究とは無縁の臨床医ですので、医学の進歩に向かって頑張って下さい。 白内障手術を受けて快適になって良かったです。またお会いするのを楽しみにしています。
島礼 このウェブサイトって凄いね、10年ぶりぐらいで、宏之と話しできるんだものね。サイトを立ち上げた管理者の渡邊さん有難うございます。(ついでに、一昨日飲んだ章君も)。宏之君、また遊んでね。盛岡のバイオリンとバンドネオンの店まだあるといいな。
服部忠信(自分) ゆるゆるの毎日の生活のため、 3年時のクラスの誤記にも気づかず 投稿してしまました。 正しくは3I出身です。3H、3Iの皆様、 大変失礼いたしました。
大島昌良 3年I組の大島です。昨年1年間寝たきりの状態だった父の最後を自宅で看取ることができました。身近で在宅看護に接し、改めて尊厳死について考えさせられました。一人取り残された母は、今老人施設におります。三度の食事付、入浴も面倒を見ていただき、また、年寄同士お友達になりその人たちの世話をしたり自分の居場所を見つけることができて、家にいる時とは違い健康になり笑顔で元気に暮らしております。このような施設もまたこれでいいものだと思いました。
中村順子 もはや秋田県の在宅医療を語る時、なくてはならぬ存在となった伊藤伸一先生、お世話になっております。 同期のよしみでいろんな頼みごとをして、ちゃっかり活用させていただいておりますが、多分目指しているところは同じと思いますので、今後ともよろしくお願いします!

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